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テレビゲームの歴史(´・ェ・`)*日本編*その



*1980 *
80年という新時代はエレクトロニクスが導く新時代への期待がありました。ソリッドステート化していくゲーム業界は、蛍光表示管やLSIが内蔵され、電池をセットとして遊ぶ電子ゲームや、LSIゲームという分野の製品が次々と開発されていきました。携帯ゲームは急速に成長していき、代表的なものとして任天堂の液晶携帯ゲームゲーム&ウォッチの大ブレイクがあります。 これらのゲームの売れ筋はアーケードゲームのヒットとシンクロしていました。この年は前年のギャラクシアンに続き、ナムコのパックマンが大ヒット(有名ですね!!)
しかし、家庭用テレビゲームは前年からの停滞が続いていたために棚上げにされてましたが、当時の子供達にとって、やはりビデオゲームの移植はテレビ画面で遊びたいというニーズがありました。その期待に応えたのがエポック社のテレビベーダーです。一部の店ではで品切れを起こすほどの大ヒットとなりました。


*1981*
81年は各ゲームメーカーがマイコンベースのテレビゲームを見直し、新製品の企画、開発を始める時期です。この年、久しく停滞していた家庭用テレビゲーム市場に活気が戻ってきました。 昨年から好調を持続していたエポック社のカセットビジョンがその火付け役です。その売りは「カセットを差し替えるだけで、違うゲームが遊べる」ということです。カセットビジョンのヒットは、そのソフトの魅力無くしてはありませんでした。同時発売のきこりの与作、ギャラクシアンは、それまでほとんどが人vs人だった頃のゲームと異なり、人vsコンピュータという、インベーダー以降のゲームのヒットの要素を持っていたのです。 アーケードゲームではおなじみでも、家庭用テレビゲームにはなかなか導入されなかったこの重要な要素が入ったテレビゲームが、しかも低価格で販売されたというから、ヒットは確実ったんですね。発売から1982年末までで本体が30万台、カセットは120万本の販売を記録しています。 82年からいよいよ第二次テレビゲームブームが始まるわけですが、第一次テレビゲームブームとの違いは性能だけではなく、どの機種にどれだけおもしろいゲーム、魅力的なソフトがあるかということが購入者のポイントになったことです。 この年の日本で新しく発売されたテレビゲームはこのカセットビジョンだけでした。
  *1982*
78年にシャープが発売したMZ―80、79年にNECが発売したPC―8001。次世代ゲームと注目されていたコンピュータの売れ行きは、80年代に入り更に加速していきます。やがて、ソニー、東芝、富士通、松下と、日本の大手家電のほとんどすべてが業界に参入し、本格的な情報社会が始まります。そしてテレビゲームもメモリの量、キーボードに違いはありましたが、基はコンピュータなのですから、この流れに無関係ではありません。 82年はこのようなコンピュータを意識したテレビゲームが登場し始めた年です。トミーのぴゅう太、技術のソードとタカラが組んだゲームパソコンm5、限りなくビデオゲームに近いコンセプトのパソコンである、コモドールジャパンのマックスマシーンなどです。 もう一つ、今までのテレビゲーム路線にも変化が現れました。売れ筋の悪さはハードの弱さにあったと見たのか、海外から高性能ビデオゲームを輸入・販売するという流れが出てきたのです。バンダイのインテレビジョン、河田のオデッセィ2、エクセラなど、いろんな高級機種が登場しました。そのためこの年から再びテレビゲーム市場に火が点き、第二次テレビゲームブームの幕開けです!!ヽ(´∀`ヽ)


*1983*
83年は第二次テレビゲームブームの真っ最中の年です。 ゲーム業界にはホビーパソコン、ホビーパソコンよりのゲーム機、純テレビゲームと様々なハードが出揃い、戦国時代となっていましたが、ビデオゲームの巨人と言われたアタリ社が日本に進出してきました。 アタリ進出の前後は、各社値引きや低価格機種の発売が相次ぎ、各ゲームメーカーはハラハラしてました。しかし、新世代機種に目を奪われていたユーザー側の反応は鈍いものとなりました。
そしてこの年一番の出来事が7月にリリースされた任天堂のファミリーコンピュータです。美しいカラー、そして大人気ゲーム・ドンキーコングの完璧に近い移植。しかも価格が14,800円という低価格。ここからファミコンの独走が始まります。


*1984*
発売1年間で約130万台を売り上げたファミコンのヒットした理由をユーザーに聞いてみると、「ゲームがおもしろいから」と皆が口を揃えて言ったそうです。「ドンキーコング」「初代マリオブラザース」「ロードランナー」と神ゲーが揃ったファミコン。 それらのソフトを高次元で移植した開発スタッフの技術力とセンス、ファミコン自身の美麗なグラフィック、14,800円、ソフトは3,800円という安さといった、いくつもの優れた要因があったからこんなにヒットしたのですね。ファミコン独走の中、SG−1000のセガとテレビゲームの本家エポック社も元気でした。セガはパソコン層を意識したSG−1000IIを、エポック社はかねてより開発中だった新世代機スーパーカセットビジョンをリリースします。 価格で言えばこの3機種は変わりませんし、それぞれの優れたところを比べてもあまり違いはありませんでした。




*1985*
第二次テレビゲーム戦争を勝ち抜いたのは任天堂・ファミリーコンピュータでした。それからプレイステーションとセガサターンが躍進するまでの10年間はファミコンの天下です。デパートのテレビゲームコーナーを「ファミコン売り場」に模様替えさせたというから凄いですよねぇ…。
まず、ソフトではスーパーマリオブラザーズとナムコゼビウスが大ヒット。スーパーマリオは、家庭用ゲームとしては空前の大ヒットをとばし、21世紀を迎えた現在もテレビゲームの代名詞として有名なゲームですね♪対してゼビウスは、この頃の話題を独占した大人気アーケードゲームの移植で、ファミコンを買って本当によかったとユーザーを満足させたゲームでした。そして専門誌「ファミリーコンピュータマガジン」の創刊、ファミコンレコード、ゲームキャラクターグッズの発売、イベント、ゲーム攻略本がミリオンセールを飛ばすなど、その勢いは子供のおもちゃという枠を遥かに越えていきました。

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2017/11/2 更新


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